デリケートなアスペルガー症候群の葛藤

毒親・機能不全家族、アスペルガーの二次障害うつ病女性の病床日記

価値観を押し付けてくる毒親

例えば毒親は自分と価値観が違う。だけど親が好きな芸能人をディスる人が運悪く近くに、その場にいたとすると逆鱗に触れて自分もまきこまれてしまう。こちらはなぜ親が憤慨しているか分からず。その心無い人に激怒した。そんな理由で?世の中雰囲気や居合わせる人で環境なんざ簡単にかわっちまう。


私が処世術の学習として観察対象としている人物、ちょうどその人が自分の好きな範囲の話をしている間はいい。だが、自分の苦手な話題にずれこんでいくと、そこでさよなら。物理的に距離をとる。そして気付いたことがある。ディスりの対象が、自分が好きではない人、親が好きだからお前もその芸能人を好きになれと強いられた人だったのだ。だから自分が傷つく必要はない、だって偽りの好きがどうなろうが知ったこっちゃないもの。


自分はどう思うか?興味など一切ない。元々人間自体に興味なんてほとんどない。ただ親が肩入れしてて好きだから、自分も好きというふりをしていて胸中は何とも思っていない。好きなふりをしていれば、波風が立たないから。同時に自分を自分で守っている。知識として顔と名前だけなんとなく見知っている程度。毒親は、好きだお気に入りだということで、見知らぬ手の届きもしない芸能人が、実は血のつながった実の子の嫌悪感と嫉妬の対象になっているとも知らずにね。断片的にしか分からん他者のどこがいーんだか。前にリア王の話を出した。だが、自分はコーディリアほどお人よしにはなるつもりはない。都合よく悲劇にさせてたまるか。本当に他者なんぞどーでもいい。自分の芝生でも見ていやがれ。


正直あれこれ人の悪口を言う人は嫌い。だが研究対象の人物はかわいげがあって、見捨てられないところがある。そして恐ろしい事実が判明した。研究対象の人が挙げていた理想像に、自分はぴったりとあてはまっていたのだ。ぞわぞわっと身の毛がよだった。


相手は気にしなさすぎる人、悪く言えばちゃらんぽらんでいいかげんな人。自分にないものを求めた結果、自分のようなタイプを理想として口にしていたのだろう。


くれぐれも、気付きで距離を取った方がいいと判断した人物には入れ込みすぎないようにしなければ。世の中の人なんざ疑ってちょうどいいくらいだからな。