デリケートなアスペルガー症候群の葛藤

毒親・機能不全家族、アスペルガーの二次障害うつ病女性の病床日記

物は言いよう、とらえよう

アスペルガー症候群で一番困るのが人間関係の構築。


同じように毒親に育てられた子同士、凸と凹のような関係で、私を見捨てずにいてくれる人もぽつぽついたり、いなかったり。ほぼいませんし。今も友達と言える人はいません、でも、寂しいなんて、全く思いません。交友費で無理する必要もないですもん。気楽です。飲み会とかって、図々しい主催だけが飲み食いして、無駄に高いお金を払って、ほんっと無駄なお金を使ったとしか思えません。楽しくないし。早く帰りたかった。


私はただ勉強をし、いい成績をおさめ続ければいいだけの人形でしたから。毒親の毒親、ちょうど祖父母も子供や孫をアクセサリーにする人でして。人形によけいな感情など、なくてもいい。計画では母同様に問題をはらんでいる、ろくでもない男と結婚させられてしまう運命だったのかもしれません。もし仮に私が、定型発達の都合のいい人形であったのであれば。


しかし私は違います。アスペルガー症候群で友達も恋人も。こちらがつくしすぎてしまい、結局散々利用されて捨てられてしまう。道具箱みたいな存在です。


だから誰も信用せず、授業で寝たことは1度もありません、だって他に頼れる人が誰もいませんもん。生理や深夜遅くまで根をつめて勉強してひどかった眠気を文具で腕や顔をぼろぼろにして、私は授業で得られる知識を叩きこんでいました。いまだにその時の傷跡が残っています。


幸か不幸か、私は鬱病をアスペルガー症候群の二次障がいとして患うに至ってしまったことで、限界だった私をようやく開放できたともいいます。といっても、


うつ病はそんなに優しいもんじゃない。わけもわからず気持ちが苦しくて泣いたり、変わっていってしまう自分が恐ろしかった。今でも変わりように自分で驚いては泣く日々。


いったんここで区切りましょう。